今号では2015年4月号で映像高品位化のひとつとして取り上げた「ハイダイナミックレンジ(HDR:High Dynamic Range)」の国内外での規格・標準化について取り上げる。

国際標準化は、ITU-R(国際電気通信連合の無線通信部門)SG6(Study Group 6:第6研究委員会)において、HDR-TV(High Dynamic Range-TV)として行われている。検討は、2012年4月の米国(ドルビー社)の規格提案により始まった。その後、蘭フィリップス(2013年10月)、英BBC(2014年3月)、日本NHK(2014年11月)も提案を行い、2015年2月の会合でITU-R勧告草案の作業文書が作成された。
この作業文書では映像信号の規定について、EOTF(電気光伝達関数~表示側)を規定する方式とOETF(光電気伝達関数~撮像側)を規定する方式の2つの枠組みに集約された。EOTFを規定する方式は絶対輝度に基づく米国/フィリップス案であり、OETFを規定する方式は相対輝度に基づくBBC/NHK案である。
さらに、2015年7月のITU-R SG6会合にて米国/フィリップス案及びBBC/NHK案の両案のシステムパラメータが併記された新勧告草案ITU-R BT.[HDR-TV]が作成され、継続審議されている。

米国/フィリップス案は、ドルビーがSMPTE(米国映画テレビ技術者協会)に提案し、ST 2084として標準化されたHDRの基準ディスプレイ特性を使うものであり、人間の視覚特性に基づくPQ(Perceptual Quantizer)カーブと呼ばれるEOTFを採用し、最大10,000nit(nitは輝度を表す単位で、1nit=1cd/m2)までの輝度値を絶対輝度で扱う。
従来技術(ITU-R BT.709、BT.2020勧告)をHDRと対比してSDR(Standard Dynamic Range)と呼ぶが、規定の輝度範囲はCRTのマスタモニタ性能を考慮して、約0.1~100nitであるから、HDRではピーク輝度が最大2桁高くなる。米国/フィリップス案は輝度値を絶対輝度で扱うため、SDRの従来型ディスプレイとは互換性が無い。

BBC/NHK案は、ハイブリッドログガンマ(HLG:Hybrid Log Gamma)方式と呼ばれ、OETFは、基準白までの低輝度領域はITU-R BT.709やBT.2020とほぼ同等のガンマカーブ、基準白を超える高輝度領域はLogカーブで圧縮する方式である。従来のテレビと同様に輝度値を相対的に扱うこと、ならびに、低輝度領域に従来のテレビと互換性のあるガンマカーブを使うため、SDRディスプレイと高い互換性がある。

国内での規格・標準化の動向であるが、BBC/NHK案は2015年7月3日にARIB規格 STD-B67となった。
また、2015年11月に総務省 情報通信審議会配下の放送システム委員会にHDR作業班が設置された。同作業班では、「超高精細度テレビジョン放送等に係るHDRの要求条件」を決めたが、基本的な考え方の一つとして、超高精細度テレビジョン放送に係る衛星デジタル放送方式の技術的条件を踏まえるとあり、高度BS放送での導入が想定されている。さらに、この要求条件に基づき「超高精細度テレビジョン放送システム等の高画質化に係る技術的条件」について2015年11月26日まで提案募集を実施した。提案募集に対して、ARIBより1件提案され、ITU-Rでの標準化と同様に米国/フィリップス案とBBC/NHK案を併記した提案内容である。この提案について1~2月に放送システム委員会にて審議し、情報通信審議会答申、電波監理審議会答申を経て、夏頃に省令告改正が予定されている。

(本内容は、『ケーブル新時代』(発行:NHKエンタープライズ)2016年3月号に掲載されたものです。)